ビープラウド社長のブログ

株式会社ビープラウドの社長が、日々の思いなどを綴っていきます。

なぜ人は複雑なリモコンのようなWebサイトをつくってしまうのか

「複雑!すべての機能をとても使いこなせない」

数多くボタンが並んだAV機器のリモコンを見て、過去に思ったことがある人も多いでしょう。

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しかし、いざ自分がWebサイトを企画する側になると、複雑なリモコンと同じものをつくってしまいがちです。

誰もが、シンプルで使いやすいWebサイトをつくりたいと思っているはずなのに、なぜ、そのようなことになってしまうのでしょうか。

順に考えていきます。

小さな労力で大きな価値を

Webサイトを開発するリソース(お金、時間、人)は、どのような企業でも有限です。

そのため、なんでもかんでも思いついたものを、つくるわけにはいきません。

小さな労力でWebサイトをつくり、大きな価値を生み出す努力が必要です。

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そのためには、当然ながらWebサイトの開発スコープを絞ります。

顧客の対象を絞る

スコープを絞るには、顧客の対象を絞るのが1番手っ取り早い方法です。

たとえば、顧客の対象候補として、Aさん、Bさん、Cさんがいたとします。 (この場合のAさん、Bさん、Cさんは同一のステークホルダー*1です)

勝負の分岐点

結論をいうと、Aさんだけに顧客の対象を絞れるかどうかで勝負が決まります。

なぜ顧客対象を絞らないといけないか」を考えます。

下図のように、Aさん、Bさん、Cさんを対象顧客とした場合(線の上側)と、すべてのリソースをAさんに投資した場合(線の下側)で、それぞれ「6」のリソース(水色の四角)をサイト開発に使えるとします。

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上側は、Aさん、Bさん、Cさんそれぞれに「2」しか開発できず、「2」の価値しかもたらされません。

一方、下側は、Aさんに対し「6」を開発でき、「6」の価値が生まれます。この時点で「4」の差が生まれます。

次のフェーズで、下図のように、さらに「6」のリソース(青の四角)を投資します。

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上は合計「4」の開発、下は合計「12」の開発です。

差は「8」になり、差は2倍になりました。

Aさんに特化したWebサイトは、Aさんと同じようなタイプの顧客を増やしていけば良く、Aさん向けにリソースも集中投下できますので、今後ますます差は広がります。

数多くのWebサイトが存在する時代に、このように差がついてしまったら、顧客には二度と選択してもらえないでしょう。

多くのステークホルダーを取りに行く弊害

Aさん、Bさん、Cさんを対象としたほうが、量が稼げて、ビジネスを拡大(スケール)できる可能性はあると考える人もいるかもしれません。

例として、Aさん、Bさん、Cさん向けのWebサイトをつくったとします。

Aさんがサイトを訪れた時に、Bさん向けの機能、コンテンツが目に入った場合、自分のためのサイトではないと思い、離れてしまいます。

こうなっては、せっかく広告で誘導しても、離脱率は上がり、広告費はムダになります。

逆に、Aさん向けにつくられたサイトに、Aさんと同じようなタイプの人「Aさん②」が来た場合は、自分のためのWebサイトだと直感するため、使い続けてもらえる可能性は高くなり、リピート率が上がるでしょう。

ビジネススケール戦略

どのようにビジネスを拡大していくかですが、Aさんの次に、似たようなタイプのAさん②、Aさん③と展開していくのがもっともやりやすい進め方です。

そのあとに、Aさんで成功したら、Bさん、Cさんに顧客層を横展開していくという進め方もありえます。

しかし、最初からAさん、Bさん、Cさんを顧客対象にするのは、上記の理由からおすすめしません。

顧客を絞れない理由

しかし現実には、Aさんに顧客を絞ることはなかなかできません。

考えられる理由をいくつかあげてみます。

クレームを過剰に恐れてしまう

企画担当者は、顧客からのクレームを過剰に恐れ「クレームが来たらどうしよう」と考えてしまいがちです(特に顧客サポート担当が、別の部署として分かれている場合)。

クレームが来ないようにするために、その顧客のために過剰にケアしてしまいます。

顧客の声を真に受けてしまう

以前、マクドナルドで客にアンケートを取ったところ「ヘルシーなハンバーガーやメニューがあったら良い」という答えが多かったので、そのようなメニューを追加したことがありました。しかし、そのメニューはまったく売れずにすぐに終了してしまいました。

そのように、顧客は、基本無責任なものです。

顧客の声を聞く必要はありますが、顧客の声を絶対視してしまうと、自分たちの強み、良さ、目指しているもの、求められているものを見失ってしまいます

顧客、売上が少なかったらという恐怖

「マス」に対してWebサイトを売り「皆が同じものを買う」時代は終わり、顧客は「自分のためにつくられた製品やサービスを購入する」というのは、企画担当者は頭では理解しています。

しかし、顧客を絞ると、売上が少なくなってしまうのではという不安に襲われます。

そして、安全を取り、顧客の範囲を広めに取ってしまいます。

そうなると「マス」に対して商品を売ることに逆戻りするので、当然、顧客に対しての訴求が弱くなります

企画担当者の不安

上記の顧客を絞れない理由に共通することは「企画担当者の不安」に根ざしていることです。

ここで起きる不安は以下のようなものです。

  • クレームがSNSに広がって、サービスの評判が落ちたらどうしよう
  • クレームが来て、自分が責められたり責任を問われたらどうしよう
  • せっかく興味を持ってくれた顧客が離れていったらどうしよう
  • 製品の売上が少なくて、成果があがらなかったらどうしよう
  • 失敗して、出世に響いたらどうしよう(出世を気にする人の場合)

この不安は人の本能であり、大部分の人がこのように反応します。

そして防衛本能が働き、安全策で無意識に顧客の幅を広げ、あれもこれもと、機能がほしくなります

その結果、複雑なサイトができあがります。

このようにならないために、どうすればよいのでしょうか。

顧客の幅を広げない(余計な機能をつくらない)思考法

まずNoという

37 Signals社の「Getting Real」小さなチーム、大きな仕事〔完全版〕: 37シグナルズ成功の法則」に載っている方法ですが、何か機能を追加したくなったら「まずNoという」方法です。

「No」というとネガティブでディフェンシブなように思えますが、「No」といったあとに「なぜNoなのか?」を考えることで、妥当な理由があれば「No」は正しかったことになります。

アイデアは無限に湧いてきます。

まず「No」ということで、生まれたアイデアを「良さそうだね」という軽いノリで、つくり始めてしまうことを防ぐことができます。

YAGNI

YAGNI(ヤグニー)とは、"You ain't gonna need it”の略で、「機能は実際に必要となるまでは追加しないのがよい」とする、エクストリーム・プログラミング*2における原則です。

なくても、実用上困らない機能を、必要な人もいるかもしれないという理由で作り込んでしまうことがあります。

このような機能は、要望が増えたときに作るべきです。

要望が出たときではなく、要望が増えたときです。

YAGNIの思想を頭に留めておけば、不必要な機能をつくってしまうことは、かなり減らせます。

「まずNoという」とYAGNIで、顧客の幅を広げてしまったり、余計な機能をつくってしまう可能性はだいぶ減ります。

しかし、「企画担当者の不安」という根本的な問題は解決されていません。

どのようにすれば、企画担当者の不安は減らせるのでしょうか。

事業責任者、経営者を巻き込む

事業責任者や経営者が、企画担当者に、機能の仕様や使い勝手などを全任しているケースも多いと思います。

しかし、上記で説明した人の防衛本能により、担当者は顧客の範囲を無意識に広げてしまいます。

その結果、複雑なリモコンのようなWebサイトが出来上がります。

そのようにならないために、事業責任者・経営者は「その顧客には嫌われよう」「そのクレームは気にするな」「その機能は要望が多くなったら考えよう」などと、都度、意思を伝える必要があります。「誰に嫌われるか」という意思決定です。

この意思決定は事業責任者・経営者レベルの意思決定です。

匠Methodでは「こたつモデル」という考え方があります。

「こたつモデル」は、経営者・事業責任者、業務担当者、システム担当者が、こたつに入るように身体を突き合わせ、お互いにプロジェクトの方向性について意思統一を図ります。

企画担当者は、事業責任者・経営者に「こたつ」に入ってもらい、意思統一を図り、Webサイトの顧客の幅を日々つとめて狭めるようにしましょう。

(事業責任者・経営者が、「マス志向」であったり決断できない人だと、こたつに入ってもらってもつらいのですが)

まとめ

上記の話は、ひとことでいうと「選択と集中」の話です。

しかし「企画担当者の不安」により、「選択と集中」は難しくなります。

それは、顧客を絞れなくなることから来る、機能過多を引き起こします。

そのためには、事業責任者・経営者と同じ土俵で意思統一をはかることです。

事業責任者・経営者は「誰に嫌われるか」の意思決定を日々伝えましょう。

おもいきって顧客を絞り、その顧客に最大の価値をもたらそうとすると以下のメリットが得られます。

  • 市場での立ち位置の確立(専門Webサイトとしての差別化)
  • 顧客の定着(リピート率の向上)
  • 低い新規顧客獲得コスト(広告費が少なくて済む)
  • 開発コストの低減(集中的投下)
  • 集客効果(同じようなユーザーが集まっていることにより、同じユーザーが集まる)

「企画担当者の不安」を乗り越え、経営者・事業責任者、企画担当者の意思統一をはかり、顧客の「選択と集中」によって、価値あるWebサイトを創り出しましょう。

以下の2冊は、シンプルなWebサイトをつくりたい方におすすめです。

「まずNoという」が書かれている書籍はこちら

「こたつモデル」が提唱されている、匠Methodの書籍はこちら

*1:ステークホルダーとは、企業・行政・NPO等の利害と行動に直接・間接的な利害関係を有する者を指します。具体的には、消費者(顧客)、従業員、株主、債権者、仕入先、得意先、地域社会、行政機関などです。楽天のようなECショッピングモールサイトを例にすると、Aさん、Bさん、Cさんは「購入者」という同一のステークホルダーです。「出店者」は別のステークホルダーです。

*2:ケント・ベックらによって定式化され、提唱されているソフトウェア開発手法である。WikiPedia