夏の甲子園、山口県代表の下関国際高校野球部監督のインタビュー記事がネット上で話題を集めていました。
この記事をもとに、自主性 or 強制?〜指導者のあるべき姿とは(前篇)では、選手を育てる「賢明な監督」について書きました。
後編の今回は「文武両道」をテーマに書きます。
冒頭の記事から、文武両道に関するコメントを抜粋して引用します。
――野球と勉学の両立は無理と?
「無理です。『一流』というのは『一つの流れ』。例えば野球ひとつに集中してやるということ。文武両道って響きはいいですけど、絶対逃げてますからね。東大を目指す子が2時間の勉強で受かるのか。10時間勉強しても足りないのに」
――文武両道は二流だと?
「そういうことです。勉強しているときは『いや、僕野球やってますから』となるし、野球やっていたら『勉強が……』となる。“練習2時間で甲子園”って。2時間って試合時間より短い。長くやればいいってことではないけど、うちは1日1000本バットを振っている。1001本目で何か掴むかもしれない。なのに、時間で区切ってしまったら……。」
「学生の本分は勉強」といいます。
しかし人生の一時期に勉強以外のもの、例えば「甲子園」というひとつの目標に向かって努力する時期があっても良いと私は思いますし、部活動で得られるものは多いでしょう。
以下に、部活動(野球部などスポーツ系に限った話ではありませんが、ここでは主に野球部)で得られるものを3つ説明します。
- やり抜く力
- 感謝を土台とした努力する姿勢とポジティブシンキング
- スポーツマンシップ
やり抜く力を身につけられる
前編でもあげた書籍のやり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につけるでは、子供のGRIT(やり抜く力)を育てるために「課外活動(勉強以外の活動)」を絶対にすべしとしています。
調査では、2年以上頻繁な活動をした子は将来の収入が高いという結果が出たそうです。
逆に、将来の収入と勉強の結果に相関関係は見られませんでした。
書籍では、2年以上頻繁な活動をした子が将来の収入が高い理由を以下のように考察しています。
- 青年期に何らかの活動をやり通すことは、やり抜く力を要するとともに、やり抜く力を鍛えることにもなる
- 活動に取り組んでいくうちに、周りの人から多くを学ぶ
- いろんな経験を重ねるうちに、自分にとって何が重要なのか、その優先順位がわかってくる。そのような中で人格が育まれる
- 努力を続ければ結果が出ることを学べる
課外活動を通じて、人生に必要な「やり抜く力」を身につけることができます。
やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける
- 作者: アンジェラ・ダックワース,神崎朗子
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2016/09/09
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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感謝を土台とした努力する姿勢とポジティブシンキング
サッカー・インテルの長友佑都選手は書籍の上昇思考幸せを感じるために大切なことで、中学時代の顧問井上博先生から「自分づくり」「仲間づくり」「感謝の心」が人としての3本柱になると繰り返し教わったことが自分の出発点になったと述べています。
そして「ひとつひとつのことに感謝の心を忘れずピッチに立って、ボールを蹴らなければならない、そうでなければサッカーを続ける資格はない」と言われ続けたそうです。
自分づくりは、こんな人間になりたいという目標をつくって、それに向かって最大限の努力を続けていくこと。仲間づくりは、その過程において、自分は一人きりの存在だとは考えず、家族や友達といった仲間を大切にしていくこと。そして感謝の心は全ての土台になるものだ。
長友選手は、感謝の心をもっていることで、なんとか恩返しをしようと考えるようになり、それが「努力」や「ポジティブシンキング(前向きな心)」に密接につながり、最終的に競技の結果につながるといいます。
その過程が、選手の人格を育て人生を生きていくための財産になるでしょう。
- 作者: 長友佑都
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2012/05/25
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スポーツマンシップを身につけた人材に
野球部出身者はろくなものがいない?
少し前にマツコ・デラックスが、「野球部出身者は十中八九、クソ野郎」 と発言し、話題になりました。
たしかに野球部は、練習が厳しく前世代的なイメージがつきまといます。
桑田真澄氏の「野球道」
なぜ、野球部は前世代的なイメージがつきまとうのでしょうか。
その理由を、元巨人軍の桑田真澄氏が東大と野球部と私――勝つために大切なことは何かの中で説明しています。
強い兵隊育成のための指導
野球が日本で本格的に始まった頃は、戦争中で国の課題も兵隊を育てることでした。
そのような時代の背景で、兵隊を育てるために「武士道」をもとにした指導が良しとされました。
精神の鍛錬、絶対服従、膨大な練習量を選手に強制する指導です。
それがいまだに根強く残っているのが学生野球だと、桑田氏は述べています。
このような指導を学生時代に受けた人が監督になり、疑問を持たぬまま次世代に引き継いでいるというのが現状なのでしょう。
社会で活躍できる人材の育成のための指導
それに対し、桑田氏が提唱するのは「スポーツマンシップ」を軸とした野球道です。
ここでの指導は、社会で活躍できる人材の育成を目的としています。
心の調和、練習の質の重視、尊重を価値観として重視します。
野球を通じてスポーツマンシップを身につけた人材になるのであれば、人生の一時期に学業のペースを少しくらい落としても、子供にとっては十分価値があるでしょう。
ただし桑田氏が問題視するように兵隊を育てるための野球、武士道に基づいた指導はまだまだ根強く残っていると思われるので、指導者は選ぶ必要があるでしょう。
- 作者: 桑田真澄
- 出版社/メーカー: 祥伝社
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「辞める」ことについて
子供が「部活を辞めたい」と言い出したら、親はどのように答えるべきでしょうか。
子供にムリをさせないために「つらいなら辞めて良い」と答えるべきでしょうか。
「辞めたい」といっても、以下のような理由かもしれません。
- 監督に怒鳴られた(それでムカついた)から
- 監督やチームに冷たい扱いを受けた(それでムカついた)から
- 試合で負けて心が折れたから(自分のミスで負けたなど)
- 朝起きるのがつらい、夜更かしできない、ゲームができない、友達と遊べないのがいやだ
このような理由で辞めてしまったとして、そのまま他のことに取り組んで成果を出せるようになるでしょうか。
GRITでは、子供が自分でやると決めたことは最後までやる、もしくは1〜2年以上続けることがやり抜く力をつけるために必要だといっています。
もちろん辞めても良い場面はありますので、良く話を聴き、見極めることが必要です。
- 続けると体やメンタルに支障をきたす
- 他に本当にやりたいことがある
戦略的に文武両道を目指す
一方でスポーツばかりやっていて勉強が苦手になり、そのまま落ちこぼれてしまうのではないかという心配もつきまといます。
そこで私の提案は「戦略的に文武両道を目指す」ことです。
まず「戦略的ではない」文武両道を下図に示します。
野球に一生懸命取り組んでいるときも、すべての科目で優秀な成績を取ろうとしてしまいます。
しかし時間には限りがありますので、野球を取るのか勉強を取るのかどっちつかずになりがちで、中途半端になってしまうおそれがあります。
一方で「戦略的に文武両道を目指す」場合を下図に示します。
野球が終わるまでは「武」優先です。
「武」優先でも野球“だけ”をやるのはリスクがあります。
野球が終わった頃に、勉強に対する苦手意識があっては勉強に取り組めないからです。
そこで、受験で大きなウエイトを占める英語“だけ”や、理系の生徒の場合、数学“だけ”は「良い成績」を取るようにします*1。
監督や親も「英語だけは頑張れ、数学だけは頑張れ」と叱咤するのが良いでしょう。 「英語もしくは数学で良い点を取れない場合は部活動を続けてはいけない。他の科目は赤点でなければOK」などというルールを設けておくのも良いでしょう。
うまく重点科目で良い点を取れれば「自分は勉強は苦手」ではなく「勉強すれば良い成績を取れる」という感覚を育てることができるでしょう。
最後に
子供が落ち着いた気持ちで部活などの課外活動に取り組むには、親や指導者が、子供の長い人生を見据えた上で、何に取り組むことが必要かを考え、どっしりと構える必要があります。
勉強のことを心配に思うあまりに、目先の勉強だけをやらせることがあっては子供は不幸になります。
もちろんその子が勉強に夢中になれるのであれば、勉強に集中するのも良いでしょう(脳科学者の茂木健一郎さんはそのような子供だったようです)。
子供が何かひとつのことに夢中になって取り組み、その過程で人生を生き抜く力を身につけることが子供にとっては必要なことであり、それを支援することが親や指導者の役目であるといえるでしょう。
*1:数学は理解を積み上げていくため、1回離れてしまうとキャッチアップが難しい。逆に"日本史"は平安時代が分からなくても江戸時代は理解できる