「中日ドラゴンズ激闘の記録2011」が先日届き、その中のコンテンツのひとつ「オレ流8年〜落合博満監督の8年間」を見た。
8年間のシーズンの中で、私が最も印象深いシーズンは、2004年である。
このシーズン、巨人は、近鉄からローズ、ダイエーホークスから小久保を獲得(小久保は無償トレード)。前年にはヤクルトからペタジーニも獲得していて、戦力強化を着々と進めていた。監督は堀内恒夫監督が就任。
一方の中日は「現有戦力を10%底上げすれば優勝できる。誰もクビにしないし、補強はしない。全員が横一線」という方針のもと、スタートした。唯一の入団は、巨人を退団し、テスト入団した川相昌弘であった。
2002,2003年と山田久志監督時代は、優勝の気配すらしなかったチームがどこまで変わるんだろうか。現役時代から有言実行の落合監督が、どこまでやるのか。それを楽しみにしていた。
キャンプは、巨人V9時代の監督川上哲治氏をして「キャンプの革命」と言わしめた。
キャンプ初日の2月1日に紅白戦を実施し、川上憲伸など主力選手が出場。1・2軍で合同キャンプ。10人が投げれるブルペン、白紙の練習メニュー、6勤1休などである。
そして始まったシーズン。中日ドラゴンズに入団して3年登板が無い川崎憲次郎を開幕投手に起用。「川崎のような投手を全員でバックアップする姿勢をチームにつくりたかった」という落合監督の狙いの通り、川崎が失点した5点のビハインドを広島黒田を攻略して跳ね返し、開幕戦を勝利した。ちなみに、今年300セーブを上げた岩瀬仁紀がストッパーに起用されたのもこの年からである。
そして巨人とのマッチレースの末、シーズンを制し、優勝に導いた。
有言実行。現役時代も、3度の三冠王を獲得した落合氏の真価が発揮されたシーズンであった。
最後に2003年の監督就任会見の言葉をあげておく。
就任当時の信念を、最後までつらぬいたことがわかる。
「セリーグを制して、日本一になる。ここはなにがあってもぶれない」
「本当に野球に必要なもの。ごくごく単純な事。それの積み重ねで、あとはグラウンドに出た選手がゲームで自分の力を出してくれればいい。負けた時の責任は私が一切とりますから」
「選手は自分の子供みたいなもの。自分の子供を信用して最終的にはみんなで笑おうじゃないか」
有言実行の裏には理屈がある
そのような経営者に私もなれればと思う。
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