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ビープラウド社長のブログ

株式会社ビープラウドの社長が、日々の思いなどを綴っていきます。

中日ドラゴンズ論〜監督編

中日ドラゴンズ論」では、80年代後半からの、中日ドラゴンズの歴代監督についても詳しく書かれている。それぞれの監督に特徴があった。前回に続き、以下にまとめておきたい。

星野仙一監督(1987〜1991年、1996〜2001年)
・「星野ミーティング」
負けた試合、ミスした後の試合後のミーティングでは激しく怒鳴られる。怖いから選手は考える、練習する。ただし怒ってもまたその選手を使う。チャンスを与える。
・また怒られない人などの特例をつくらない。3度の三冠王を獲得した落合選手も同じであった。
・明治イズムを浸透させた(明治イズム=「なんとかせぇ」、最後まであきらめない)

→ 恐怖で行動を強制するのは、星野監督くらいの親分気質、暖かさがないと難しい。ただ切り捨てはしないので、恐怖政治ではない(恐怖政治は駄目なものは切り捨てる)。2011年から楽天の監督に就任するが、今の若者に対し、このやり方はどのような結果を出すか楽しみである。

高木守道監督(1992〜1995年)
・選手に任せた指導方針
・反面、プロなんだからできて当たり前という厳しい姿勢
・自分のミスは正直に認め「俺が悪かった」と素直に謝罪する監督。
→自分の判断は組織で絶対と思うのではなく、誤りは素直に認める姿勢は指導者にとって大事

山田久志監督(2001〜2002年)
・広いナゴヤドームで勝つためのチーム作りにつとめる
・井端を辛抱強く起用
・センターで荒木を起用
・ぱっとしていなかった福留を外野にコンバートし、首位打者を獲得するまでに成長させた。
・苦労したが、最終的に2位、3位を確保
→私の中で、あまり評価していなかったが、次の時代へ基盤をつくったことを認識。井端、福留、荒木。次の時代の中心選手ばかりである。

落合博満監督(2004〜現在)
・計算
・責任は俺がとるという覚悟
・鋭い観察眼
・他を圧するレギュラーの練習量
→就任7年間で3回の優勝。いうまでもなく名監督。全てに理屈があるところが尊敬できる。2〜3年に1回と言わず、連覇してほしい。そして完全優勝も。そして監督業を終えた後に本を出版してほしい。

直接はプレーしない監督であるが、チームに与える影響は大きい。監督の力量次第でチームの結果は大きく変わる。これは会社においても同じであろう。経営者の力量で会社全体の結果は変わってくる。いろいろな人物の良いところを学び、組み合わせ、自分の仕事に取り入れていきたいものである。

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